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インドは何度考えても不思議な国だ。 人々は日本のハイテク製品にあこがれつつ手工業に精を出し、多くの家々(家があればまだ良いほうだ)には電気すらなく、あってもしょっちゅう停電している。そんな状況にもかかわらず、この国は核兵器を保持している。 街を歩けば、物乞いが付きまとわないことはなく、ボンベイのような大都市でさえ路上で腰巻き1つの体を洗っているのを見かけることができる。物乞い達は、バクシーシで手に入れた数ルピーで1日をしのいでいる。そうかと思えば、僕らが貯金をはたいても泊まれないようなホテルがあり、僕らなどには見向きもしないインド人もいる。 仏経の祖ブッダを生み、ジャイナ教のマハーヴィーラ、シーク教のナーナク、サイババなど数々の聖者・宗教家を生んだにもかかわらず、宗教紛争やそれに準ずるテロが横行し、僕らを騙したような連中のような輩もいる。 タゴールなどのノーベル賞受賞者がいて、世界的に有名なプログラマーの国として知られる一方、読み書きのできない人々が大多数を占める。 インドは何故このように多様で、両極端なのだろうか。 僕は、その答えをこの国に根づくカースト制度や大多数の人が信じるヒンズー教に求めようとした。また、広大で多様な国土を1つの国としてまとめていることの限界に求めようとした。しかし、しっくりした回答は見つからないのだ。 ただ1ついえることは、この多様性と極端さがインドをつくっており、旅行者を魅了し続けているということだ。 |
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Updated 2003/3/8 |